Long-term use of antifungal agent
decreases dental plaques
抗真菌剤の長期使用は歯垢量を減少させる
歯薬療法 - Vol.36 No.1 2017
緒言
歯垢(口腔内における歯や補綴物などの硬組織表面の常在微生物叢)には培養可能なもので数百種以上の微生物を含んでおり、歯科の二大疾患である齲蝕や歯周病の原因菌や口腔粘膜の表在性感染症であるカンジダ症の原因真菌であるCandidaなど潜在的に病原性のある微生物が多数存在する 1)。また、介護が必要な高齢者では、口腔ケアの不足により歯垢が増加し、この歯垢を多量に含む唾液を誤嚥することにより、誤嚥性肺炎のリスクが高まることが危惧されている 2)。
自然界や生体内では、液体と固体表面が接する界面で微生物が集団となってバイオフィルムと呼ばれる膜状の構造物を形成することがよく知られている 3)。
歯垢はまさしく、液体成分である唾液と固体である歯や補綴物表面に形成されるバイオフィルムそのものであるところから、現在では齲蝕や歯周病などの口腔感染症を口腔バイオフィルム感染症と呼称するようになった 4)。
一方、口腔常在真菌とされるCandidaが検出される割合は研究者によって大きな差があるが、これは対象とする被験者、検査方法などが異なることによると思われる 5)。今回の研究に参加した3名の歯科医師は、それぞれの歯科医院の通院者が日局アムホテリシンB(以下AMPH-B)シロップ100mg/mLを希釈し、含嗽薬として長期間使用することにより、Candida菌数が減少し、継続的に低レベルでの菌数維持が可能となり、それに伴い、歯垢量の減少と歯垢を歯科用探針で採取、観察した場合の肉眼的や物理的性状の変化を経験してきた。今回、これらの経験をもとに、改めて、各歯科医院の通院者を対象に臨床研究を行った。
材料および方法
1. 抗真菌剤添加含嗽薬の調整および含嗽の方法
水または市販の洗口剤、約10mLに日局AMPH-Bシロップ100mg/mL[ファンギゾン®シロップ100mg/mL(ブリストル・マイヤーズスクイブ株式会社)又は、ハリゾンシロップ100mg/mL(富士製薬工業株式会社)]における付属のスポイドで1滴(約5mg)を添加したものを用時調整し、1回分の含嗽薬とした。
2. 被検者
今回の臨床研究に参加した3か所の歯科医院通院者の中で、自由意思により試験参加に同意した者を被検者として、試験歯科医師によるスクリーニング検査を試験薬投与前までに実施した。試験期間は2012年12月1日〜2013年11月30日とし、その期間中は、被験者に新たな口腔清掃指導や食事指導は行わなかった。なお、下記の選択基準を満たし、かつ除外基準に抵触しない者を適格な被験者とした。
本研究は鶴見大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号1115)。
Fig.1 Check Sheet
〔選択基準〕
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健常者であり、定期的なチェックが可能な者
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検査部位の歯肉に急性症状がなく歯肉炎があっても慢性化している者
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最低5箇月間以上の試験継続が可能な者
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Candida菌数の測定で陽性の者
〔除外基準〕
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8日以上の長期休薬が生じた者
-
口腔カンジダ症罹患者、重度の口腔乾燥症や、重症な疾患がある場合など、試験歯科医師により本試験の対象として、不適格と判断された者
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口腔清掃状態が著しく不適切な者
-
試験期間中に、口腔常在微生物叢に変化を与える可能性が考えられる抗菌薬使用者と唾液の分泌抑制作用が服薬によって生じたと思われる者
3. 診察方法と検査項目
試験開始前、開始後~4箇月(第一期間:P1)および5箇月以降(第二期間:P2)の計3ポイント以上の観察を行った。なお、チェックリスト(Fig.1)による評価は診察毎に実施した。また、各期間内に複数の診察結果がある場合は、各期間内の中央値を用い、開始時、P1、P2の各スコアの統計学的評価はFriedmanの検定を用いた。
検査項目
(1)Candida菌数の測定
口腔内のCandida菌数は、医療用体外診断薬ガンジダイエロー培地「F」(富士製薬工業株式会社)を用いて測定した。本培地の添付文書に、採取は滅菌綿棒1本で行うとあるが、今回は口腔内の広範囲な部位からの検体を採取するため、また、採取を均一化する目的で綿棒を2本用いて採取した 6)。さらに、歯垢検査部位の歯垢を歯科用探針で採取して肉眼的に観察した後、採取可能な場合は、歯科用探針にて検査部位の歯垢を一定量採取し綿棒に塗布し、試料に含めた。
(2)歯垢量及び物理的性状の検査
摂食時の食物片や日常の口腔清掃行為が歯垢に与える影響が大きいことを考慮して、比較的それらの影響を受けにくいと考えられる右側下顎犬歯の歯頸部付近を歯垢量および歯垢の物理学的性状を検査する部位として選択した。下顎の右側犬歯の近心および遠心歯頸部粘膜は、犬歯唇側歯頚部に比べて上方に位置するため、摂食時の食物片や口腔清掃時の歯ブラシの毛が当たることで歯垢が剥がれやすい。しかし、下顎犬歯歯頚部の歯垢はこれらの影響を受けにくく、歯垢量の経時的変化が少ないため、歯垢付着量の変化および歯垢の物理学的性状を確認しやすい。右側犬歯が欠損している場合や、補綴物、保存修復処置、歯列などの要因で上記条件を満たさない場合は、上記条件を満たす歯を選択して測定した。
Fig.3 Time course of Candida Score
結果
本研究では、歯科医院徒歩通院者の健常人で、日常的な口腔清掃状態も適正な対象者152名から、上記選択基準と除外基準により58名を選択し、解析対象者とした。年齢は10〜84歳で、平均57.0歳、性別は男性24名、女性34名であった。(Table1)
(1)Candidaスコアについて
本診断薬は、培地の色調変化による菌数の判定が可能であり、検出菌数は赤色の培地は陰性、黄色が陽性、その中間色の橙色は擬陽性となる。この培地の特性として、赤色から黄色への変化速度は菌数に依存している 6)。即ち、菌数が多ければ、より短時間で黄色への変化が生じ、菌数が少なければ黄色への変色に時間を要する。この特性を利用し、診察スケジュールなどを考慮し、24〜72時間の培養後に第一次判定を行い、この時点で培地色の黄色への変化が確認できた場合を陽性スコア3(+)、変色が認められない場合は、さらに7日間目まで培養し、7日目で橙あるいは黄への変色が認められた場合は陰性スコア1(−)とし、変色がなく赤色のままの場合を除菌、スコア0とした(Fig.2)。
即ち、菌数が多ければ、より短時間で黄色への変化が生じ、菌数が少なければ黄色への変色に時間を要する。この特性を利用し、診察スケジュールなどを考慮し、24〜72時間の培養後に第一次判定を行い、この時点で培地色の黄色への変化が確認できた場合を陽性スコア3(+)、変色が認められない場合は、さらに7日間目まで培養し、7日目で橙あるいは黄への変色が認められた場合は陰性スコア1(−)とし、変色がなく赤色のままの場合を除菌、スコア0とした(Fig.2)。
抗真菌薬の使用により、Candida菌数(Candidaスコア)は、試験開始前が2.26±0.64(平均値±標準偏差)、P1では1.43±0.90と著しく低下し、試験開始前とP1のχ2r値は19.91(p=4.748×10−5)であった。P2におけるスコアはさらに低下し0.86±0.88となり、P1とP2のχ2r値は11.11(p=3.868×10−3)、試験開始前とP2のχ2r値は60.77(p=6.381×10−14)となり、各時点において危険率1%で統計学的に有意差が見られた。なお、試験開始前では+3のスコアの被験者が21名であったが、P1では8名、P2では3名まで低下し、1日2回 1回5mgAMPH-Bによる10秒以上の含嗽でCandida菌数を低下させることが確認できた(Fig.3)。
Fig.4 Macroscopic and physical properties of plaque
a) Plaque collected using a dental probe. It was hard, and the shape on the probe when it was collected was maintained. It was not transparent and the probe was not visible through the plaque. This type of plaque shows strong adhesiveness.
b) Plaque collected using a dental probe. It was not hard, and the shape when it was collected on the probe was not maintained due to the surface tension of saliva. It was transparent and the probe was visible through the plaque. This type of plaque shows weak adhesiveness.
a) Hard plaque (non-transparent)
b) Soft plaque (transparent)
(2)歯垢スコアについて
歯や補綴物に付着する歯垢は通常、肉眼的に概ね白色であるが、歯垢の透明感および粘着性や硬さに差がある 7)。すなわち、歯垢に粘着性や硬さが無い場合、透明感があるものとなり、逆に、粘着性や硬さがある場合、透明感が無い傾向を認めた(Fig.4)。歯垢を位相差顕微鏡で観察すると、歯垢中に菌糸が認められない被験者を探すのは困難であり、大部分の歯垢において菌糸が歯垢の構成の一部を形成しているように見える(Fig.5)。これらのことからCandidaを中心とした真菌が口腔内に常在しているのは明らかであるが、歯垢内での細菌と真菌の相互作用に関して詳細に検索した研究は、LindsayE.O’Donnelら 8)以外にはほとんど見当たらない。歯垢の物理的性状変化については、口腔衛生状態が良く、検査部位に歯垢が確認できない2名を除いた56名について調査を行った。
歯垢量および歯垢の物理学的性状のスコアは、歯垢が極めて少なく、歯科用探針で歯垢採取が不能な状態をスコア0、歯垢が付着していてもやわらかく粘着性がなく、透明感がある状態をスコア1、歯垢がやや硬く、やや粘着性があり、やや透明感がない状態をスコア2、歯垢が硬く、粘着性があり、透明感がない状態をスコア3とした。この結果、歯垢量と物理的性状を見た歯垢スコアは試験開始前が2.00±0.69、P1では1.07±0.72に低下し、試験開始前とP1のχ2r値は35.15(p=2.329×10−8)であった。P2におけるスコアはさらに低下し0.70±0.71となり、P1とP2のχ2r値は7.10(p=0.0287)、試験開始前とP2のχ2r値は73.86(p=9.161×10−17)となり、試験開始前とP1、試験開始前とP2において危険率1%、P1とP2においては危険率5%で統計学的に有意差が見られ、Candidaスコアと同様にP1時点から統計学的に有意な差を持って低下していた。なお、試験開始前ではスコア+3の硬い歯垢の被験者は13名であったが、P1では2名、P2では1名まで低下し、歯垢スコアに関してもCandida菌数の減少と同様に、経時的に著しく低下した(Fig.6)。
Fig.6 Time course of Plaque Score
考察
自然界に広く存在する微生物は、液層と固層が接するあらゆる界面にバイオフィルムと呼ばれる膜状の構造物を形成している 3)。バイオフィルムは単に微生物の集団だけで構成されるのではなく、微生物が菌体外に分泌する菌体外マトリックスも含んでおり、この菌体外マトリックスは微生物をさらに強固に固体表面に定着させ、微生物を物理的に保護する働きを担っている9)。従って、生体内で形成されるバイオフィルム内の微生物は宿主の貪食細胞の攻撃、消毒薬や抗菌剤の化学的作用から逃れることが可能となる。そのため、バイオフィルムが原因で起こる感染症を治療するためには、物理的にバイオフィルムを除去するのが一般的である 10)。
一方、ヒトに常在する微生物は体の各部位の環境に応じた独自の微生物叢を形成している。その中でも口腔は軟組織(歯肉粘膜、頬粘膜や舌)と硬組織(歯)が共存するだけでなく、唾液や歯肉溝液などの体液が常に存在する、極めて特殊な環境であり、軟組織・硬組織との隙間である歯肉溝の存在も、歯周病原菌などのある種の微生物にとって好ましい環境となりうる 11)。従って、ヒトの口腔内には物理的な清掃が困難な状況になるとさまざまな微生物種が増殖し、口腔内のみならず、全身へ影響を及ぼすことが考えられ、口腔ケアにより、歯垢量を低レベルにコントロールすることが健康維持に重要とされている 12)。
今回の検討で、抗真菌剤の長期間使用により、口腔内真菌が減少したことに呼応して、歯垢の物理的性状が除去しやすいものへと変化した。これは、真菌がAMPH-Bにより殺菌的に除去された結果、歯垢の物理的性状に影響を与え、柔らかく、粘着性の無い性状に変化したためと考えられた。歯垢中の真菌と細菌の具体的な相互作用については今回の試験でも解明されなかったが、口腔内のCandidaなどの真菌を低レベルで維持することが口腔内バイオフィルムである歯垢形成を抑制することが示唆された。
LindsayE.O' Donnellらは、Candidaが単一の菌種として環境に存在することは稀で、異種の微生物で構成されるバイオフィルム内に他の真菌や細菌と凝集した形で存在することが多く、この性質が臨床的重要性を持つことを明らかにした。彼らはCandidaのバイオフィルム形成能の重要性を指摘し、バイオフィルム内でCandidaが他の細菌や真菌とさまざまな相互関係を持つことを報告している 8)。
また、二川らは義歯表面やアパタイトビーズを用いたinvitro試験で、Candidaが義歯表面やアパタイトビーズ上のバイオフィルムの形成過程に積極的に関与していることを示唆し、この実験系が義歯表面や歯表面を模しているところから、実際の口腔でも歯面あるいは義歯表面のバイオフィルム形成にCandidaが重要な役目を果たしている可能性を示している 13)。
さらに、乳酸菌と真菌の複合バイオフィルム形成においても、異種細胞間接着が重要な役割を担い、その接着には乳酸菌表層タンパクと真菌表層マンナンが関与していることが報告される 14)など真菌に関わる微生物細胞間接着機構の一端も明らかになりつつあり、歯垢の付着と成熟においても、真菌が関与していると思われる。このことからも、口腔内の真菌を減少させることが口腔感染症の原因となる歯垢を減少させるためには重要であると考えられた。
本研究では抗真菌剤として、AMPH-Bを選択したが、本剤は抗真菌スペクトルが最も広く、真菌に特異的な殺菌作用のため、細菌には直接の影響を与えない点 15)や、口腔や消化管粘膜からの吸収がほぼ認められない点から宿主への影響が少ない点 16)、さらには耐性も極めて獲得されにくい点 15)からも、口腔への投与としては最適な薬剤と考えた。しかし、一方でAMPH-Bは劇薬として指定されていることから、長期間使用することは慎重にすべきとの意見もある17)が、これまでの検討においても、口腔内症状の悪化、重篤な副作用やCandidaの本剤への耐性化傾向などは見いだされておらず、その安全性は担保されていると判断している。
本研究から、AMPH-Bを添加した含嗽薬の使用により、口腔内のAMPH-Bに感受性のあるCandidaなどの真菌量の減少およびその状態維持と、それに伴い、歯垢の物理的性状が変化し、減少することが確認できた。近年の腸内常在微生物叢研究の目覚ましい進展から、ヒトにとって有益な細菌と逆に健康に不利益を与える細菌の存在が明らかになっている 18)。本研究で得られた知見はCandidaなどのAMPH-B感受性のある真菌を口腔から駆逐することがヒトの口腔の清掃性と衛生維持に寄与する可能性を示唆している。今後、さらに知見を集積し、Candidaは駆逐するべき微生物種であることを明らかにしていきたい。
COI
草塩英治は、富士製薬工業株式会社の社員である。
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木村陽介(医療法人社団壮葉会 八重洲歯科クリニック)山本共夫(黒川歯科医院)草塩英治(鶴見大学歯学部口腔微生物学講座・富士製薬工業株式会社)前田伸子(鶴見大学歯学部口腔微生物学講座)